てぃーだブログ › 石垣潜水堂ダイビングブログ › 水にハマる訳

2007年02月21日

水にハマる訳










海に、おぼれる。ハマル。やみつく。
んで、好きが高じてお店を開くまでに、どうちて、こんなに心ときめいてしまったか、
我が人生をひもとけば、
それは昔々、小学校のプールでの出来事に始まったような気がします。。

我が故郷、広島県上下町と言うところは、川が瀬戸内海と日本海に
それぞれ、上と下へ流れていくことからその名前が付いたそうで、
つまり、中国山地のてっぺんあたりに位置していて、標高も高く、
冬は平気で1メートルぐらい雪が積もり、氷点下になるような、寒いとこなんです。

よく考えれば、夏服っていっても、一切、半袖のたぐいはなく、
代わりに、冬に穿くことのできる女の子用ズボンというのがあったぐらいで、
それはそれは、広島県のイメージを覆す気候でありんして。

プールが使えるのも7月に入ってから。
それまで学校のプールには食用だったのか実験用だったのか、
常にナマズがウジャウジャ泳いでて、
そこら辺の池より汚い、深緑色をした藻だらけの水たまりで、
水をぬくとあっちゃこっちゃでナマズがぴちぴち。。
それをつかまえて近くの溜め池に移す作業から、プール掃除は始まっていまちた。

いよいよ、待ってました、プールで泳げる日が来たというのに
一年生というのは、ばた足の練習とか、ロープにつかまってただ歩くだけといった
非常につまらないカリキュラムが組まれ、なかなか当時思い描いていた
バシバシ泳ぐ(なぜかしりまへんが、泳ぎたかったんです、まさしくカッパのように)
ことができず、唯一目覚めたのは、碁石拾い!!

一回モグルだけで何個拾えるか、って負けず嫌いな正確な故、失神寸前まで息止めながら、じゃらじゃら拾っていたのが幸いしたのか、その頃から肺活量が鍛えられたのと、時々
近所のおっチャンがぷらーーーっと泳ぎにきて、いとも簡単に25メートルを潜水して
行ったり来たりするのが、とても羨ましく(なじぇ?勝手に泳ぎにきていたかは未だに謎)
これまた負けじと、潜水の練習ばかりしていたものでげした。

5年生になって、その年の春から赴任してきた体育の先生にワテの肩幅の広さを
見いだされ、本格的に水泳をやらないかと言われ、個人的にレッスンを受け、
夏の郡大会で自由形で3位。県大会出場権を獲得してちまいました。

これで、負けず根性にさらに火がつき、個人レッスンをうけるため、
休みの日を全て返上し、県大会に向け猛特訓の日々。。
このタイムなら、イイとこいけるんじゃないかと、いい感じに仕上がっていた
試合三日前。。自転車に乗って事故に遭い、頭を縫う大けが!!
当分、水に入っちゃダメってお達し!!

でも、無理矢理、保健室の先生を口説き落とし、泳ぎ終わってすぐ消毒をし、その後当分水には浸からない、という条件の下、試合に出場。
まだ傷跡から血が出そうな状態のまま、出てみた結果は、、、いわずもがな。

その後遺症か、未だに泳いでるとその傷跡からツルるーーーーって、
水が入ってきてるような錯覚が、、、
あと、水が入ってこんな痛い性格になってしまったのか、

とにかくこのことが原因で、
あれだけ好きだった水泳からいったん遠ざかっていたんですねぇ。。

それが、大都会東京で燃え尽き、八丈島に渡り、あの野生イルカの生息する御蔵島でドルフィンスイムツアーに参加してしまったことでぇ、、
それでしょうなぁ。はまったのは。。

久しぶりに、泳ぐ楽しさが蘇り、イルカ追いかけ全速力でクロールする心地よさに
目覚めてしまい、なぜかそのときは、傷の痛さすっ飛んじゃって、爽快でちた、
あまりに追いかけすぎて、気が付いたらボートははるか遠く、
危うく遭難するとこでちたが、、。。

水面はもとより、水中で長いことお魚たちと戯れることのできる快感を
知り、ちょっと趣味程度に思ってたダイビングを仕事にしてみたいって思い始めたような、、。。気もせんでもないかと。。

まあ、どんな経験も記憶も学習も、
結局、血となり肉となり、いまの自分に繋がってるんでしょうねぇ、、。。

人生って不思議!!
って、自分大好き。。

石垣島ダイビングサービス『石垣潜水堂〜side24〜』ホームページ



Posted by 石垣潜水堂 at 18:46│Comments(0)TrackBack(0)

この記事へのトラックバックURL

http://side24.ti-da.net/t1356522